第12回 2006.7.16
   

 ちょっと、間が空いてしまっている内にもう7月に突入してしまいました!冬の間は夏が来るのが待ち遠しくて、ながーいトンネルにいるような感じでしたがもう7月なんて、時の経つ早さを実感しています。
私がいる岡山は昨年の国体のスローガンの通り、「晴れのくに」というだけあって、雨があまり降りません。四国はよく降るのですが岡山まで届かないんですよ・・・年間降雨量が全国一少ないようなので、予報で雨マークが出てもほんとうになかなか降りません。おかげで関東に比べてかなり熱い感じがしています。夏好きの私にはもってこいでしょうね。
さて、夏と言えば海!です。各地でオープンウォータースイミングの大会が開催されてきています。残念ながら今の時期は、関東近県ではまだちょっと冷たいので、気をつけてくださいね。私もすでにいくつかの大会に関わってきました。近頃は競泳の選手も少し興味も持ってくれているようで、先日の沖縄の大会では沖縄合宿中だった自衛隊体育学校チームのトップスイマーたちも参加したとか。
欧米では競泳とOWSの二束のわらじを履いているというか、「OWSは練習の一環よ」的に取り組んでいるようです。考えの違いもありますが、うらやましい話です。実際、オーストラリア人の友達と昔パンパシで会ったときに彼は1500mとOWS(25km)と両方でるんだぜ〜と言ってました。ちなみに彼は200バッタでもオーストラリア代表になるようなレベル。水泳大国オーストラリアだから許されるのでしょうね。でも、日本だって海に囲まれた島国!いつかそうなる日を目指して日々普及活動に力を入れています。
   先日もわが古巣のアクアマリンで、OWSのクリニックを行いました。その後は水泳連盟関係でスイミングクラブや海でクリニックを行っています。一般の認知度を高めていき、現在の愛好者には安全かつ楽しくOWSに取り組んでもらいたいと思います。まだ、愛好者は首都圏に集中していますので、地方などの素晴らしい海をもっている地域で愛好者が増えていってほしいと思います。
どうやら、品川女子学院の私の先輩・後輩たちもOWSにチャレンジしている方がいるようで・・・・そろそろチームでも立ち上げようか。なんて話をしてます。小学校からの友達で中学・高校・大学ともずっと水泳部で一緒だったTちゃんも、とうとう今年からOWSデビューです。Tちゃんのきれいな泳ぎがきっと海で映えることでしょう。北京五輪の正式種目採用でますます盛り上がってきているOWS。これから目が離せないですよ!!

第11回 2006.4.20
   

 先月はお休みしてしまいました・・・ごめんなさい。早いもので、もう新年度となりました。桜もいつのまにやらもう散り始めていたり。アクアマリンの近くにあるかむろ坂もきっと今年もきれいに咲いたことでしょう。
  岡山もきれいな桜が咲いて、ちょうどこの間の週末が花見のピークでした。学生はみんな新学年になったり、入学したり、入社したり、みんな期待に胸ふくらます時期ですね。私もちょっと遅ればせながらも、来週からいよいよ岡山での水泳レッスンもスタートします。そっちもワクワクですが、他にもなにやらやることがたくさんあるようで、今年は新しい何ができるのかと楽しみにしています。
  今、私は日本水泳連盟のOWS(オープンウォータースイミング)委員として、OWSの普及に努めています。いよいよ、北京五輪から正式種目となり、日本からも代表選手を送り込もうと委員会内でがんばって動いています。そのひとつとして、GW明け頃にOWS用の教本が発売されることにしました。文章を書いたのはOWS委員長と私と関係者なのですが、実践的な部分はほとんど任され、締め切りに追われながらもなんとか、書き上げました。文章を書くのは好きなのですが、今回は全国書店でも販売するということで、私のお得意のごまかしは効きません・・・いわゆる、教科書のようなものなので、苦手な固い文章をできるだけわかりやすく書いたつもりです。店頭に出た際にはよろしくお願いします。
  さて、いよいよ日本選手権も間近ですね。今はちょうど短水路の世界選手権もやっているようで、新聞で記事も読みましたが、名前のわからない選手が何人か・・・そうやって、新しい選手が今まで代表常連だった選手を脅かしていくことは日本競泳陣にもとってもいいことですね。みんなで競い合って、更なるレベルアップされるのが楽しみです。
  先日のジュニアオリンピックの話を聞きましたが、小学生のレベルがすっごく上がっていてびっくりしました。中2(現中3)の男の子が2コメを2分3秒で泳いだとか・・・どうなっちゃうんでしょうか。私自身が遅咲きのようなものだったので、小学生の内は楽しくやっていればいいと思います。それでいて、タイムがでればそれはそれでいいと思いますが、追い込む練習でタイムを出しても、後が長いですよね。私自身も小学生までは好き勝手やっていました・・・。練習休んで、家族旅行もいけないような練習の仕方は小学生の内はいらないと私は思うのですが。勝手な持論でした。
   今年のアクアマリン・品川女子学院の選手たちの活躍を心から応援しています。
第10回 2006.2.15

このコラムをお読みの皆さん、ご無沙汰していました・・・・すみません!
11月に結婚して岡山へ行ってから、バタバタと時間が過ぎてしまい、気がついたら2006年ももう1ヶ月が過ぎてしまいました。このコラムもだいぶ間が空いてしまいましたが、遠く離れてもアクアマリンの一員だという気持ちを忘れずに書き続けていきたいなと思います。
なんだか、意外?とこのコラムを読んでくれる方が多くて、よく「読みましたよ」と声を掛けられます。こんな一言が私に書く気力を与えてくれます!隔月刊誌「SWIM」の方で私が連載していたコラムは先月の発売号で終了となりました。春からは月刊誌としてリニューアルするので、こちらのほうはまた違った形で登場する予定です。
さて、結婚して岡山に行った私の近況です。ここ最近でこんなにプールに入らない日々を送るのは久しぶりというくらい、今はプールから、そして水泳指導からも離れている状態です。寂しいっ!でも、春からはなんらかの形で岡山県の水泳の指導が出来る予定です。
そうそう、先日はなんと!岡山県マスターズ選手権という大会に出場しました。場所は、1988年にソウル五輪の選考会が行われた倉敷温水プールです。私は残念ながら、この時の大会には出ていませんでした。記憶が曖昧なのですが、私が初めて日本選手権の制限記録を切れたのは1987年(当時中1)です。が、選考会の事前合宿のため福岡へ行く前に代々木駅の階段から正座の姿勢のまま落下し、帰宅後タイガーバーム(なぜでしょう・・・?)を塗ったのです。後日合宿に行ったらそこが化膿してしまい、ドクターストップされたため、初の日本選手権出場はかないませんでした・・・なんというか、馬鹿だったとしかいいようがありません。ただ、当時は確か日本選手権と選考会は分かれて行われていたように思います。<現在は一緒> どうだったのでしょうか。
さて、話を戻して今回の大会では100m個人メドレーと50m背泳ぎに出場しました。1番長い距離でも100mまでしかない大会でしたが、結果は両方とも1位でした。でも、100mは年齢無差別で行うので、隣が去年の岡山国体の成年女子の岡山県の代表の女の子(20歳)でした。負けて当たり前・・・と思うものの、負けず嫌いの私は俄然、燃えてしまいます。しかも、隣の子は国体で引退したため、今は練習していないようだったので、いけるかなーと思い、レースに臨みました。
試合は短水路で行われたのですが、噂には聞いていたけど水深が浅い!アクアマリンの浅いプールでスタートしてきたから大丈夫かと思いましたが、1m10cmくらいしかないのでやっぱりスタートで足の甲をぶつけました・・・でも、バタフライで離れなかったのが自信になり、そのまま半身ほどのリードで勝てました。嬉しかった〜。ちなみに1分11秒でした。(遅い・・・)50背は32・9。それでも、久々のレースは楽しいです。レースが終わって、帰ろうと思ったら「抽選会があるよ」とのこと。プログラムに書いてある番号でプレゼントが抽選で当たるそうです。1番良いのが折りたたみ自転車でしたが、中にはキッチンペーパーなんかもありました。ワクワクして待ったけど当たりませんでした。私も長年水泳の大会に出てますが、抽選会がある大会なんて初めてです。びっくりしたけど、楽しかったです。と、そんな感じで岡山ライフを楽しんでいる木原珠子でした!

第9回 2005.7.16

img_column_050716  なんだか気付いたらもう7月…私はとうとう三十代に突入しました。アクアマリンに初めて来たのは13才ですから…恐くて、計算もしたくありません。
  そう7月と言ったら夏!夏と言ったら海!と言うことで、既に関東近県ではOWSの大会も開催され始めました。そんな大会の一つに7/31(日)に金沢八景で行われるジャパンスイムエキデンイン金沢海の公園という大会があります。私はアドバイザリー的な立場としても関わっているのですが、その大会のためのイベントが先日アクアマリンで行われました。日曜の午後ということもあり、30人を越す参加者にアクアマリンも賑わいました。初心者から上級者まで、ドリルからOWSテクニック、最後にはボールブイを回って泳ぎ続ける連続泳を大会に見立てて、リレー形式に行うなど自分で言うのもなんですが…充実したイベントとなりました。最初は固かった参加者の表情も徐々にほぐれて、最後には笑顔での解散となりました。このイベントでは、ほとんどの人が初対面。でも、私は初対面の方を教えるのはとても楽しくて好きなので、私もとても楽しかったです。
  さて、そのジャパンスイムエキデンには私も参加します。ロングの部に参加するのですが、スペシャルチームなのでかなり強いです。男性女性2名ずつで結成したのですが、女子はOWSの元日本代表、男性は二人とも競泳出身のトップトライアスリートです。トライアスロンをやる人なら絶対知ってる。と思います。名前は当日来てのお楽しみです。私もこんなメンバーと組めるのはとても楽しみです。当日参加も受け付けるみたいなので、品川から近いし、ぜひ参加をお待ちしています!

第8回 2005.6.14

 私は1歳10ケ月でプールに行き始めてから大学3年の夏まで、プールの中で泳ぐ水泳しか知りませんでした。大学3年の時にアトランタ五輪に行けず、誘われて出場した福岡国際OWS大会で、初めてプール以外での水泳を知りました。それ以来、海で泳ぐことがすっごく楽しくて、気持ちよくて「こんな水泳があったのかー!」と感動しました。
 「OWS」というのはオープンウォータースイミングの略で、海だけでなく自然の水があるところで泳ぐことをいいます。海、湖、川などのことです。今年高校を卒業した私の水泳部の後輩が、大学でトライアスロンをやりたいと現在も熱心に頑張っていますが、トライアスロンのスイムも大きい大会はほとんどがOWSで行われます。
 実は私、一度だけトライアスロンの大会に出たことがあるんです。伊豆大島という伊豆七島の一つで行われた大会だったのですが、ここは高橋尚子さんがよく合宿をするのだそうです。と、いうだけあってバイクとランはすごいアップダウン・・・・でした。約250人中、海で泳いだスイムは1位、バイクは200位、ランは203位というひどさ。でも、楽しかったです。OWSといい、トライアスロンといい、水泳が種目になってるのによく知らなくて、競泳選手時代の私は本当に狭い世界にいたんだなーと実感しました。
 もう一つ、競泳をやめてから知って驚いたのがマスターズ水泳が非常に盛んなことでした。現役時代、日本選手権でもどんな大会でも800mや1500mになると「昼飯タイム」となり、観客席はガラガラに・・・・なのに、マスターズでは長距離は申込が多すぎて、抽選で当たらないと参加できないという人気ぶり!す、すばらしい・・・・そして、私が指導するレッスンに参加するマスターズの方々は本当に熱心で、質問攻めにあうこともしょっちゅうです。今は、時々オリンピック選手などがイベントでマスターズの方に指導する機会などがあって、その度にマスターズの方たちの熱心さに現役選手たちは驚いているみたいですね。それから、私は長崎宏子さんのベビーアクアティクスもアシスタントとして入っているのですが、ベビーちゃんも泳いでいるんです!なんだか、本当に私がやっていた水泳の世界は、ほんの一部だったんだなーと痛感致します。
 まだ、現状では生涯スポーツとしての水泳がピラミッド式に繋がりきっていないような感がありますが、近い将来ベビー、幼児、児童、学生、成人、高齢者、障害児・者などの中で、楽しむだけの人たちからオリンピックスイマーまでの水泳が、大きな一つの輪になっていけたらいいなあと思う今日この頃です。

第7回 2005.5.11

 今年も日本選手権が終わった。正直、自分が引退してからというものの(別にプロじゃないから引退というのもどうかと思うけど)日本選手権に特別な興味はもてなかった。強いて言えばアクアマリンの後輩たちの成績はいつも気になってはいたが。そんなことが数年続き、昨年自分で選手権の参加標準記録を目指してから、なぜか自然と興味が湧くようになった。極端な話、シドニー五輪ですら大して見た記憶がない。私自身が競泳に後悔なく辞めた証が、競泳界に興味がないことなのかとも思ったけどその逆で、後悔してることがあったからこそ目を向けるの拒んでいたのだと気付いた。
 昨年、挑戦は実らなかったけど、私の中でやり遂げて終わることができて、後悔がなかったから自然と競泳の世界を見れるようになった。不思議なものだ。そうなるまで、長い年月がかかったものだなあ。と思う。私は常に何かに挑戦していきたいと思っている。その方が人生が楽しいし。
 さあ、そんな目で見た今回の日本選手権。何と言っても一番の波乱は北島くんの200mの敗退だろう。私も驚いたは驚いたけど、なぜかホッとした・・・普通のスイマーと変わらないんだなって。彼の今回の敗退はきっと今後の彼にとって、とても意味のあるものになると私は思う。負けることは更に強くなる糧でもあるので。イアンソープとか五輪終わったら2年近く休むのだから、今年はそんなにリキまないでもと思っても、そうは問屋が卸さないのが日本のメディアだ。大型スポンサーもついたし、彼には休む間もないのである。一流選手としてい続けるのは並大抵のことではないのを、メディアを始め、世間の方にも深く理解して欲しいものだ。あとは他にも気になった選手はたくさんいた。昔から知ってる松田くんの3冠は素晴らしかった。だって、恐らくそんなに調整かけてないんじゃないかな。いつも夏に照準合わせるから。年間通して、信じ難いほどのきつい練習をこなしてるから、いつでも力が出せるようになってるのでしょう。最近、更に安定してきたように思います。復活を果たした中村真衣ちゃんもすごい。私も一緒にパンパシ行ったくらいだから、かれこれ10年くらい一線で頑張ってるので、ぜひ応援したいものです。他にも良い選手がたくさん活躍してました。内田くんも速かった!内田くんのコーチは私が初めて行ったサンタクララ遠征で私の担当コーチだったけど、3行メニュー(アップ、メイン、ダウンで8000mみたいなノ)が好きでやたらきつかった記憶通り、きっときつい練習をさせてきたんでしょうね。今後が楽しみです。今年は世界水泳もカナダであり、昨年のようにまた盛り上がった水泳が見られるのが楽しみです。

第6回 2005.3.23
  皆さんはスペシャルオリンピックスを知っていますか?
スペシャルオリンピックス(略してSO)とは、知的発達障害のある人たちに、様々なスポーツトレーニングと、その成果の発表の場である競技会を、年間を通じて提供している全世界的な活動のことです。そのSOが2月26日(土)〜3月4日(金)まで長野で行われました。
この2005年スペシャルオリンピックス冬季世界大会は、アジアで最初に開催される世界大会であり、オリンピック、パラリンピック、スペシャルオリンピックスの三つのオリンピックが同一地域で開催される世界的に意義のある大会となり、大変注目されました。ニュースでも、特集を組まれたりしていたので目にした方も多いと思います。大会種目はアルペンスキー、クロスカントリースキー、スノーボード、スノーシューイング、スピードスケート、フィギュアスケート、フロアホッケーの7種目。フィギュアスケート、フロアホッケーの2種目は知的発達障害のあるSOアスリートと知的発達障害のないパートナーがチームを組んで行う競技であるユニファイド競技も取り入れられています。
私が面白いなぁーと思ったのはスノーシューイングです。スノーシューを履いて、雪の上を走り、そのタイムを競い合う競技なのですが、その競技に出場したエジプトの選手をテレビで追っかけていました。エジプトですよ!「雪ないじゃーん!」と突っ込みたくなる国です。それも、上位に入賞しています。話を聞くと・・・・「砂漠で練習していたから、雪の方が滑りやすかったよ。なにより、砂ぼこりがないから楽だったよ。」とのこと。なるほど〜。と思ってしまいました。そう考えると、スポーツをする環境の可能性って拡がりますよね!
この大会では、競技能力の異なるアスリートがそれぞれのレベルで競技会に参加します。(年齢、性別、競技能力の到達度などに応じてクラス分けをし、同程度の競技能力レベルで競い合います。SOではこのクラス分けをディビジョニングと言います。) ただし、通常の大会と違うのは、予選を終えた選手が全員決勝に進むことができることです。また、元アスリートの私も共感できたのが オネスト・エフォート と言われるSOならではのルールです。アスリートは予選、決勝を問わず常に全力で競技することが求められます。予選で全力を尽くさず、その結果に基づくディビジョニングにより決勝で上位に入賞したとしても失格になることがあるのです。簡単に言うと「予選を流して決勝だけ頑張ってもダメ!」と言うシステム。競技においては、つい勝利にこだわるあまりに打算的になりがちです。私もアスリート時代は、「今日はリレーもあるし、時間もハードだから、個人種目の予選は流しても決勝に残るだろう」なんて考えていましたし、実際にやっていました(ザンゲ)。でも、本来スポーツは真剣勝負の場。いかなる時でも力を抜くことなんてせず、正々堂々と全力で戦うものです。勝負には計算も大事ですが、このSOのルールは忘れていたものを思い出させられました。
私も水泳指導をするようになってから、知的発達障害児・者のスイムセッション(指導という言葉をあまり使いたくありません)に携わる機会ができました。知的発達障害は身体障害と違い、外見では障害があると分かりづらいいため、周囲の人から特異な目で見られがちです。そのため、障害児・者の多くの人たちが家にこもりがちとなってしまっています。そのような環境を崩すべく、SOの活動や数多くの団体が一般的に受入れられるように努力をしてきました。だいぶ近年改善されてきましたが、私の目にはまだまだだと映ってしまうのが残念なところです。でも、日本でこのような大きな大会が開かれたことによって、より多くの人が理解し、協力し、誰もが暮らしやすい世の中になればと心から願っています。
「Let me win. But if I cannot win, let me be brave in the attempt.」
「わたくしたちは、精一杯力を出して勝利をめざします。たとえ勝てなくても、がんばる勇気を与えてください。」 (スペシャルオリンピックス日本が国内大会で行う宣誓)
第5回 2005.1.24
 2005年初のコラムです!皆さん、今年もよろしくお願いします。
 皆さんは、年末年始はどのように過ごしていらっしゃったのでしょうか?民間のクラブや公共のプールなどは、多いところで1週間くらい使用できないところもあるみたいですね。泳ぎたがりの方々にはきっと辛い年末年始だったのでしょうね。
前回のコラムでもご紹介しましたが、千葉の柏市では大晦日の昼から元旦の昼までを泳ぎ繋ぐという年越し24時間Yeah!(泳とYeahとかけてます)というのが行われました。私は今回は参加しませんでしたが・・・で、このイベント。発起人は知ってる方なのですが、手作りのイベントながらしっかりとした素晴らしいイベントとして毎年非常に盛り上がっています。ルールは、チームで24時間泳ぎ繋げば良く何人でやっても良いのですが、ただ、必ず1時間は泳がなければなりません。私が以前に1時間だけ参加した時は、予定もあり年明け前には会場を後にしましたが、最初から最後まで参加した方の話を聞くとホントにすごいのです!「仮眠をとりながらの真夜中スイム」「終わった時の感動」など。家に帰るなり気を失うように寝て、1月2日まで死んだように寝むるそうです。私にはできない!かも!!
ところで、最近読んだ本の中に奥田英朗著書の「インザプール」という、一風変わった精神科医が主人公の本がありました。直木賞を受賞する前の作品なのですが、その題材になってるのが水泳中毒になっている男性の話なんです。わかるわかる!いるいる!という感じに水泳を愛してる人をユーモラスに書いていて、とても面白いです。
と、いうように大人になってからのめり込むことは色々ありますが、もちろん水泳もその一つで、私の競泳時代には考えられないイベントが各地で催されてます。24時間泳もそうですが、茨城でやっている10000mタイムトライアルの大会!ロングディスタンスのプール大会(3000mのトライアル)。400m以上の種目しかない大会。海外では、20kmのレースをプールでバーチャルスイムとしてやるイベント(平均7時間ほど)などなど。
最近は私もそういうイベントの多さに慣れてきてしまったものの、現在の競泳界では長距離はどちらかというと不人気で、800mの予選ともなると「次は800だから昼飯でも行くか」という始末。残念ながら最高峰の試合である日本選手権でも!それが、マスターズの世界では抽選に当たらないと1500mに出られないほどの大人気!これは嬉しいかぎりです。年を増しても長距離なら泳げる。そういう利点もあり、年々長距離愛好者が増えているみたいです。今までは興味なかったけど、今年からは長距離をやってみようかしらという方が増えたらいいなと思います。有酸素運動だからきっと、体にも良いと思います!
最後に、今年1年が皆さんにとって実り多き一年になりますよう!
第4回 2004.12.08
 早いものでもう師走!あっという間に今年も終わろうとしています。今年は本当にいろいろなことがありました・・・昨年の今頃は、選手としてガンガン泳いでいたのが遠い昔の出来事の様に思えます。
 近頃はめっきり冷えるようになって、プールに入るのも上がるのもちょっと(だいぶ?)寒くなってきました。そう、今はまさに水泳はオフシーズン!「オフ」と言っても、休むオフではなく、試合などが少ないという意味でのオフです。一体、選手もマスターズスイマーの方もどうやって冬を乗り切っているのでしょうか?
 まず、選手は通常9月に大きい試合はほとんど終わりますので、チームや年齢によって違いはありますが、10月の中で1〜2週間泳がない期間を経て、ドリルなどの泳ぎを見直す基本練習から始まり、徐々に距離や質がきつくなっていきます。大体今くらいの時期はそろそろきつい練習をしていますね。きっと・・・しかし、もっときつくなるのは年末にかけて。いわゆる[鍛練期]で泳ぎ込みをします。私が選手の時は元旦くらいしか休みがなかったものですが、今も大体そうでしょう。年明けは、試合が大体上旬にあるのでそれに合わせ、2月にもう一度[鍛練]がやってきます・・・今年は日本短水路選手権が2月末にあるので少し変則になるでしょう。大体、マスターズもそうですが本格的なシーズンは春頃からです。辰巳の桜並木が花咲く頃ですね。
 では、マスターズの方はどうしてるのでしょうか?試合もないし、練習しなくてもいっか!なんて思っていませんか? いえいえ!この時期こそ苦手を克服したり、来年に向けての目標を達成するために大事な時期なのです。マスターズの方には泳ぎ込みという練習は、必ずしも絶対的に必要ではないと私は思います。なぜかというと、普段は毎日泳ぐこと自体が難しいのに、泳ぎ込みを行った場合、肩を痛めるか、イヤになってしまう可能性が高いのです。もし、大きい目標があるなら別ですよ!それよりも、ドリル練習や苦手な側の呼吸や苦手種目などの練習をする方が大事だと思います。時にはお仲間の方と長い距離を皆で泳ぐのもいいかもしれません。
 そんなマスターズスイマーにとって悩ましいのが、年末年始ではないでしょうか?最近では、元旦以外営業します!なんていうクラブも昔に比べて増えてきました。それでも、まだほとんどの所が大晦日〜三が日をお休みするようです。実は、「年越しで泳ぎたい!」っていう方が結構いるんですよね。そこで、今人気?なのが知り合いがやっている年越し24時間スイム駅伝!大晦日の昼の12時から元旦の昼の12時までチームで泳ぎ繋いでいきます。私も一度参加しましたがかなりの盛り上がり!!最低一人1時間は泳がなくてはいけないルールなので、6人で交代して泳いだり、10人以上で組んだりと、いろいろなチームがあるんですよ。ちなみに私は1時間しか泳ぎませんでしたけど・・・
 でもすごいですよね!年をまたいで泳ぐなんて_ 大阪などでもやっているそうですし、その他にも、イベントとして意外と年末年始に泳げるようにしている所もあるみたいなので、いろいろ探してみてはいかがでしょうか?私も大好きな綺麗な青い海で泳ぐのは当分お預け・・・プールで楽しく泳ごうっと!それでは、皆さんも有意義なオフシーズンを!
第3回 2004.10.15
 アテネ五輪が終わったら、すぐにやってきたパラリンピック。長野パラリンピック大会以降、日本でも関心が高まりつつあるとはいえ、まだまだだなと再認識してしまったアテネパラリンピック。全競技、生で見たいのにテレビで全然やらないんですね・・・・皆さんは少しでも見ましたか?
 私はやはり、注目していたのは水泳かな。前回のシドニーを上回るメダル獲得ラッシュは、五輪での競泳陣の活躍の勢いをそのまま引き継いだかのようでした。ちょっと見た人にはわかると思いますが、パラリンピックには様々な障害を持った人たちが出場しています。簡単にクラス分けされているようで、実はかなり複雑なクラス分けになっているのです。
 まず、運動機能を点数化して、公正なテストを行いクラス分けをします。クラスを表す数字が小さいほうが重度の障害(例S1)で大きいほうが軽度の障害(例S10)となっています。水泳は泳法によっても区分けされ、クロール、背泳ぎ、バタフライをS(スイムの略)とし、平泳ぎをSB(スイムブレストの略)、個人メドレーをSM(スイムメドレーの略)となっています。これは「平泳ぎ」が他の種目に必要とされる運動機能と異なるためです。S・SB・SMの1から4は重度のクラス(入退水の介助が大体必要になります)。(7つもの金メダルを獲得した成田真由美さんはこのクラスです。)5,6は中度のクラス(入退水の介助不要な場合が多いが、水中スタートと台上スタートに分かれます。)7以上は軽度のクラス(大体、台上からのスタートが可能です)11から13は視覚障害のクラスとなっています。(金メダリストの河合純一さんもこのクラスです)肢体不自由のS及びSMのクラスは10クラス、SBは9クラスあります。ちなみにリレーは選手の障害クラスの総合ポイントでクラス分けされてます。SB7の100m平泳ぎで見事銅メダルを獲得した中村智太郎くんは両前腕切断という肩から先の腕がなく、ほとんど「きをつけキック」のような形で平泳ぎを泳ぎます。それで1分25秒!速い!絶対、かないません・・・・・・脱帽ですね。
 そして、今回日本はほとんどの種目にエントリーしました。でも、残念ながら日本がエントリーしなかった、いえできなかった種目でボッチャという競技があります。ボッチャは、主に脳性まひの選手が決められたコートの中で、ジャックと呼ばれる白いターゲットボールに、赤いボール6個と青いボール6個をそれぞれ様々な方法で投球し合い、ジャックにどれだけボールを近づけられるかを競う競技で、個人・ペア・団体の各区分で行われ、ボールが持てない人、投球できない人には、ランプスという傾斜した投球器具が使われます。ランプスは補助者1名が持ち、競技者の指示に従い左右に振ったり高低をつけたりしますが、競技者にアドバイスをしたり、コートの方を振り返ったりすることは禁止されています。(競技終了までコートに背を向けていなければならない) そして、選手は口を使ったり、肩を使ったりと自分が動かせる少しだけの部位を使って、ぴったりとボールを投球します。地味な競技かもしれませんが、これがうまい!本当にターゲットボールにぴたっとくっつくのです。すごいなーとしきりに感心して観ていました。
 残念ながら、五輪と同じくパラリンピックも、メダルが獲れる競技しかテレビに映りません。世間の多くの人々がメダルを獲るということだけに注目するのではなく、もっと多角的にスポーツを見ることができるようになったら、このような現状も打破されて、マイナースポーツや障害者の人たちも、より理解されるようになると思うのですが、そうなるのはまだ先の話なのでしょうか? それでも、十年前よりは明らかに良くなっていますから、時間はかかりそうだけど良くなることを期待したいと思います。
第2回 2004.8.20
 いよいよ待ちにまったアテネオリンピックが開催されました!!きっと、日本全国で睡眠不足な人たちが続出してますね・・・・・先日は、北島君が念願の金メダルをゲット!日本国民の熱い期待を裏切ることのない結果で、とても感動しました。
私には、競泳はもちろん、楽しみにしている種目がたくさんあります。野球、サッカー、陸上、バレー、レスリングなどなど。本当にドラマのような展開がオリンピックではたくさん起こりますからね。楽しみで仕方がありませんが、眠さに弱い私は睡魔とどこまで闘えるものか・・・
 オリンピック出場には縁のなかった私ですが、1992年のバルセロナオリンピック選考会400m自由形では2位に入り、タイムが遅かかっためオリンピックではなく「サンタクララ国際」というジュニアの遠征に選考されました。私はそこで、今でも一生大事にしたいと思う友人や先輩と知り合うことができ、オリンピックに行けなかったのは残念だったものの、良い路だったと思うことができました。
 そして、狙いを絞りながらオリンピックに行くことが叶わなかった4年後のアトランタオリンピック選考会の結果、今でも好んでやっているオープンウォータースイミングの日本代表として大会に出場することになりました。そこで、海で泳ぐことと出会い、今までは「プール」という箱でしか泳いでなかった私は、自然の壮大さに魅力を感じ、今でもその魅力から離れられないでいます。今回、いろいろなスポーツでオリンピックにあと少しで行けなかった人もいると思いますが、それはそれできっと、その人にとっての素晴らしい路であるのだと思います。と、今はなんでも前向きに考えてしまいます!
 さて、先日のお盆の8月14、15日と開催された湘南オープンウォータースイミング大会に日本水泳連盟の役員兼選手として参加してきました。10kmのレースにエントリーしていたのですが、実は10kmなんてこんなに練習しないで出ていいのかな?とかなり躊躇していました。さぁ、練習するぞ!と思ったら抜歯をされたり、指導先のクラブの合宿が入ったり、水には浸かってるものの「ハァハァ、ゼェゼェ」言ってないな?と思っていました。しかも、コースは泳いだことのない湘南のワンウェイ(一方通行)。見かけによらず小心者の私は大丈夫かという気持ちを引きずったままもう3日前・・・まぁ、気持ちよく泳いでこようと思ったら、日曜日は朝から気温も低く、午後まで雨の予報。スタート地点は静かなのですが、沖では強風でブイの設置などができないとのことで残念ながら中止になりました。「え?」と思いましたが、それが自然を相手に行う競技のしょうがないところ。練習不足のくせに泳ぎたかったなぁと思いつつ、1,5kmのスタート会場の手伝いに行きました。
 大会は、2日間で約2000人以上の人が選手、スタッフとして参加。国内でも最大規模の大会となり、とても盛り上がりました。また、来年を楽しみにしています。そして、私の夏は9月いっぱい(10月も・・・)までなので、夏はまだまだ続きます!
第1回 2004.7.2
 さて、第1回目のコラムとなります。初めての方、初めまして。私がアクアマリンに来てからもう16年近く経ちました。そして、先月の24日に誕生日を迎えた私はいよいよ三十路までのカウントダウン!29歳となりました! でも、気持ちはいつまでもティーンネイジャーです。(それが困るときもありますが・・・) 
 先月、最愛の母を肝臓病で亡くした私が、母の為に・自分の為に・自分の周りにいる人たちの為にもう一度水泳で全力を尽くしてみたいと思い、アテネ五輪選考会参加制限記録突破のため現役復帰を思い立ったのが去年の4月。それからは一人で練習する日々。東京体育館に行ったら休館日だったり、営業時間までに練習がこなせなかったりと、うまくいかないこともありながらジプシーに9月まで過ごし、9月から古巣のアクアマリンの選手コースのみんなと合流して練習を開始しました。
 結果から言うと、最後の試合では200mバックにしぼって臨んだものの、1秒5ほど足りずに私の二度目の現役生活が終わりました。でも、あの200mバックは今までのレースの中でもトップクラスのきつさであり、また今までにないぐらいに前半から突っ込んでいくことができたレースでした。駅までの帰り道、涙を流しながらとぼとぼ帰ったものの、やりきった満足感でいっぱいだったものです。結果自体は残念だったけど、28歳の私を受け入れてくれた田垣先生、アクアマリンの社長、スタッフ、また一緒に練習をしてくれた選手たちにはとても感謝していますし、「みんながいるからがんばれるんだ」という昔の気持ちも思い出すことができました。また、一回り以上も年の違う選手たちとの練習はとても思い出深く、非常に良い刺激にもなりました。今の選手たちが28歳になった時に「木原さん、この年で中・高生と練習してたんだ〜」と思い出してくれればな!と思います。
 最後に・・・「結果」というものは、出せる事がもちろん一番良いことです。でも、例え結果を出せなかったとしても、それまでにやってきた過程と、結果を出す事ができなかったという悔しさがあれば、その後の人生をきっと変えてくれることと思っています。1日1日を大事に過ごしたいものですね。